ドイツ銀行AT1債(CoCos)償還見送りを受けて本当に見えたデフォルトではないコロナのもたらすリスク
ドイツ銀行は破綻するのか
3/12日夜、Twitterに”ドイツ銀行”がトレンド入りした。少しでも経済情勢を追っている人ならば少しばかり背筋を伸ばしてタップしたのではないだろうか。というのもドイツ銀行はかねてより信用不安が囁かれ、つい先日に大規模なレイオフを敢行したことは記憶に新しく、株価も先日まで好況だった株式市場の動きとは裏原に長期にわたって下落を続けてきた。その矢先にCOVID-19のショックにより市場は激しい動揺を見せ、ダウ工業平均が歴史的な下げ幅を記録している中のトレンド入りである。「ついに来たか」と不安を覚えるのは至極妥当と言えるだろう。
今回問題となったのはドイツ銀行が3月11日に公式に発行総額12億5,000万米ドル分(日本円で約1287億円相当)のAT1債についてその最初のコール可能日である2020年4月30日におけるコール・オプションの行使を見送ることを公式に表明した点である。これをどうやら中津川昴さんが取り上げ、その後山口敏太郎さんや箱コネマンさんと言った方により拡散されトレンド入りしたようである。
結論から言えばこれはドイツ銀行にとっては何も緊急事態ではないと言える。こういった資本性証券は償還されないリスクは当然に認知されているもので、その利回りの高さはそれを内包しているからだと言える。確かに全くもって健全な経営状況とはいえないのは財務諸表を見れば明らかなのではあるが、1300億円程度の資本が手元にないというわけではないのも明らかである。実際にドイツ銀行は償還見送りのプレスリリースで同時に約830億円近い信託優先証券については償還を発表しているのである。
以上の事実を踏まえると今回の償還見送りは「なーんだ、騒ぐことないじゃんか」と思うに足るように感じる。しかしロイターはこれを記事にし、ドイツ銀行はプレスリリース内で償還見送りの決定について簡潔に説明を書いている。そしてまたこのプレスリリース発表後にドイツ銀行株が急落し、その他ドイツ銀行のAT1債が一斉に下落したのも事実である。なにがこの状況を引き起こしたのか、それはAT1債という金融商品の性質にある。
AT1債、CoCosそしてBIS規制・バーゼルIIIとは何か
以下のことは当該論文に詳しくまとめられている。あくまでアマチュアなりにまとめた記事だということを心に留めつつ読んでいただけたら幸いである。
AT1債、CoCosにはピンと来ずともBIS規制については聞き覚えのある人も多いのではないだろうか。BISはBank for International Settlementsの略であり、国際的に活動する銀行の自己資本比率や流動性比率について定めた国際統一基準のことである。
最初の合意、通称バーゼルIは1988年に策定され、2004年にバーゼルII、2017年にバーゼルIIIの最終合意が成立し、現行の規制枠組みはバーゼルIIIに則っているということである。中でもバーゼルIIIは2007年の世界金融危機(リーマンショック)の失敗を受けて作られた枠組みであり、自己資本比率がより厳格に規制されることの運びとなった。
そこで自己資本比率をどう定義するかについて3通りの構造に分割されることとなった。に普通株式や内部留保等が該当する「Tier1」、劣後債や劣後ローン等が該当する「Tier2」、そしてTier1を補完する「その他Tier1」、つまりAT1資本(Additional Tier 1)である。これらそれぞれに比率規制が定められ、銀行はこの枠組み規制を遵守することが求められている。
ここでAT1資本を増やすための策として注目を集めたのがハイブリット証券と呼ばれるものである。一体なにがハイブリットなのかというとこれらは資本の性質を備えているのはもちろんだが、同時に負債の性質をも備えている点である。そのためAT1資本に算入可能な債権を“AT1債“と呼ぶのである。
AT1債の特徴は何よりもその高い利払いにある。発行側としては自己資本を容易に増強でき、投資家としてはその高い利払いからの恩恵を享受できる、一見Win-Winな関係に見える。しかしながらその高水準のクーポンは“普通の社債とは違うリスク”を搭載することで実現されているといえるのである。
AT1債のリスク
AT1債のよくある形としてCoCos(Contingent Convertibles Bonds)が挙げられる。これは日本語にすればつまり偶発的転換条件付き社債と訳される。CoCosの特徴は債務側の、つまり発行元の資本力が目論見書(Prospectus)上に規定された水準にまで落ちた時をトリガーとし、当該債権を株式に転換する、または元本を削減すると言った具合である。株式に変換されるということは、つまり発行元は返済を免れることができるといった具合なのである。一方でそれはつまり投資家は発行側のデフォルトリスクの他に返済リスクを抱えるということなのである。
また他方で今回のドイツ銀行の件について考えると、AT1債の抱える永久債としてのリスクも体現したといえるだろう。永久債は最初の償還可能日に償還される暗黙の了解のようなものがある。しかしながら当然これは償還義務ではないため、発行元の判断によって償還しない、という選択も当然にしてあるのである。こういった株式への転換や償還時期の不確実性といった特殊なリスクの上に普通社債と比較しての高い利回りは実現しているのである。
コロナショック下におけるAT1債の本当のリスク
ここまでを踏まえ、今回のドイツ銀行の償還見送りのリスクが存在するのはドイツ銀行自体ではなく、ドイツ銀行のAT1債を保有している側であるといえる。つまり問題はAT1債を償還しなかったドイツ銀行の懐事情は確かに不安だが、ドイツ銀行が大量に発行したAT1債を果たして誰がどのくらい持っているのかである。
そしてこれはドイツ銀行に限った話ではない。CoCosはバーゼルIIIの枠組み成立以降人気の金融商品として多く発行されている。一番震源地に近いのはイタリアかもしれない。ただでさえ経営不安を抱えていたイタリアのUnicreditやMonte dei Paschi(もはや笑うしかないチャートなので是非見てほしい。)といった諸行がこのコロナショックの波に耐えられるかは不明である。そして諸行の万が一に震えているのが誰なのかもまた、不明なのである。
補記
ちなみにドイツ銀行はわずか1ヶ月前に新たに12.5億米ドル分のAT1債権の発行を済ませたばかり。ちなみにに償還可能日を迎えるのはどうやら2025年10月30日からのようである。
参考